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ビーテックニュース

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「継続は力なり!」ビーテック東大阪:迫田工場長が表彰!

2020/05/30

令和2年5月30日(土)本来であれば、本日「大阪府自動車車体整備協同組合」(通称:車体協)」の年次総会が行われる筈であるが、今年始めに中国武漢市から発症した「新型コロナウィルス」感染拡大防止の為、中止が決定された。

毎年のことではあるので、理事長以下理事役員含め会員の委任状を取付け審議事項全て可決とし成立の運びとなる。しかし、この総会後の懇親会で表彰式が行われるそれは、「永年勤続表彰」である。

この年の表彰に名前が上がった一人に「ビーテック東大阪工場:迫田工場長」。この表彰を受けるには自動車車体整備業界で「30年以上!」更には「車体整備士」の有資格者となる。

IMG_3732表彰されることが決まった時は皆で、「今年表彰ですね!おめでとうございます」とか、色々冷やかされており本人もまんざらではなかった。しかし、今年は「コロナ禍」の影響で総会が中止されることが決まり、当日事務局が賞状を「ビーテック東大阪工場」まで運んで頂いた。

総会での表彰は無かったが、工場にて細やかに表彰を行うことにした「表彰状・・・、あなたは・・」。「もうええから早よ頂戴!仕事仕えてんねん!」(あ、はいはいじゃこれ賞状・・・)。

IMG_3741せめて写真でも一枚撮っておこう・・・。「はいはい、はよ~して~、どうせビーテックニュース行きでしょ・・、照れくさいわ!」(まぁそんなこと言わんと)。

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「バンパー補修が急いでますねん!なんですのん?もうええでしょ!!邪魔邪魔!」しかし記者魂に火が付いた私は更に取材を続けた・・・。30年もこの業界で自動車鈑金職人として何か得られるはず・・・。

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IMG_3740よっしゃ!出けた!乾燥機であぶってと・・・、「あれ?まだいてはったんですか?で、何を聞きたいんです?え!私の30年?」渋々語り始めてくれた・・・。

神戸に住んでいた、中学を卒業して「手に職を」と地元の職業訓練学校:機械科に入って後は「鉄工所関係」を目指したんです。学校では旋盤や溶接を学び、就職先も決まっていたがその鉄工所が倒産した。で、実父の紹介で自動車整備工場に就職。元々バイクをいじるのも好きだったし、車をいじるのも好きだったのでなんの抵抗もなかった。

21才で結婚し、子供4人に恵まれ順風満帆とは言えないにしても、それなりの生活はしてきたし子供達にも冷や飯を食わすことは無かった・・・。平成25年に「ビジレンビーテック」の存在を知り自分自身のステップアップを目指し、もう一回暴れよう!と門を叩いた、44才の時・・。4年が過ぎたころ27年間連れ添った「愛妻」が大腸がんを患った。

そこから一気に生活が一変した、居るのが当たり前、子供の世話や家のことは全て任せていたがその「嫁」が・・・。信じられない、でも仕事は東大阪工場の工場長としての責任もある。まだ下2人の子供は学生・・・。正直暗闇に入った感じ・・、しかしビーテックの仲間たちも協力して頂き「嫁」との闘病生活が始まった・・・。丸山ワクチンを求めて東京まで一人で新幹線に乗った、日に日に弱って行く嫁を毎週のように色んなところへ連れまわした・・・。1年が過ぎ春先に様態が急に悪くなり、5月の連休に入った初日にあっけなく息を引き取った(享年47才)。通夜式・告別式と連休中にも関わらず、ビジレングループ代表「西村社長」を始め、ビーテックの仲間達、ビジレン・レンタカー各営業所の皆さん、また関係会社の方々が駆けつけて頂いたとき、これほどまでに涙が出るのか?というくらい止まらなかった、本当に感謝した。それから丸二年が経った今年5月にこのような表彰を受けるのは光栄なことと思う。嫁の三回忌も済ませ、末っ子も今年から「正看護師の専門学校」に合格し、姉と同じ医療の道へ、その上の3男は大学4回生で建築関係で既に就職活動中。迫田洋(私)は51才!自動車鈑金技師として30年!ビジレンビーテック東大阪工場の工場長として厳しいこと、口うるさいことばかり毎日、毎日言うております。工場長は嫌われてなんぼ!

ビーテックの仲間達に「冷や飯」は食わさん!またビーテックには若いスタッフも入って来ている。「継続は力なり」続けることが本当に実績になり、実力になり、信頼に繋がると思う。昔は自分だけのことしか考えていない人間だったが、辛いこと、悲しいことを経験する上で、人の為に何が出来るか?も学んだ。ビーテックには他にも中堅で私に続いて30年勤続者もこれから出てくる、業界に30年・・・「あ~しんど」。(これくらいでいいですか???)

<編集後記>:迫田洋(51才)ビーテック東大阪工場長。業界に入って30年「お疲れ様」、しかしまだ51才・・・、若手職人の育成にも力をいれ、また業界発展にも貢献していって頂きたい。最初は「嫌々(いやいや)」語り始めたが、やはり30年は重い!4人の子供もその技術一つで立派に育て上げ、日本国内の少子化問題にも貢献した。「永年勤続表彰」おめでとう御座います!心よりお祝い申し上げます。(取材・撮影・文責:辰巳寛一)