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ビーテックニュース

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㊗40周年史「感謝」完成!おめでとう御座います。

2022/12/24

2022年(令和4年)も後数日を残すのみとなりました。来年はビジレンビーテック株式会社も「10周年」を迎える年になります。今日まで支えて頂いた全ての方に心より感謝を致します。

そんな中、同グループの「ビジネスレンタリース株式会社」は昨年(2021年)に「40周年」を迎えた・・・。グループが一堂に会しお祝いをすることろではありましたが、2020年に突如襲った「中国武漢ウィルス騒動」。今年こそは、今年こそはと言いながら「丸三年間」の行動制限が行われ祝賀会が取り止めとなり残念でなりません。

しかし、そこは直ぐに気持ちを切り替えて「40年史」の作成に取り組んだ。その冊子がこの度各営業所に「西村社長」自らが運ばれた。

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ビジレン・イメージカラーの「エンジ色」に「感謝 創立40周年」の表紙。全70頁の記念史が完成した。「真新しい表紙」をめくるのも少し緊張が走る・・・。なにか「ベストセラー」になった小説の一頁目を開く瞬間にも似ているドキドキ・ワクワク感。

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大阪府 大東市で1981年(昭和56年)12月22日に産声を上げた「ビジネスレンタリース株式会社」。社員数「3人」、レンタカー保有台数「18台」でのスタート・・・。そして・・・40年が経ち・・・。

IMG_8501大阪市 北区 大淀中(大阪市内)に自社ビル。1階エントランスから赤じゅうたんの螺旋階段で2階に上がる9階建ての「ビジレンビル」社員数は「170人」、レンタカー保有台数「2.500台」。決して「急成長」を遂げた訳ではない!40年の間は「紆余曲折」ありながら、決して順風満帆とは言えなかったと、冒頭の「西村社長」は自社ビルの螺旋階段の前で、「真っ直ぐではなく、螺旋階段のように曲がりながら一段ずつ歩を進めていった」とあるのがその証。

記念対談として・・・「全国レンタカー協会の岩崎会長」(東京銀座:東部ホテルにて)とレンタカー業界の今後の発展について対談。

ビジネスレンタリース40年のあゆみ(沿革)。

感謝の40年を振り返って・・・。

また「トピックス」としては、2022年の日本シリーズを制した「オリックス・バッファローズ」の優勝パレード(御堂筋)での先導車として当社保有のレンタカー「レクサスLC500」(オープンカー)を提供し「中島監督・吉田選手」が乗り込み、約30万人の前を凱旋した。

IMG_8495オリックスファンから、そのレンタカーを借りたいと電話が殺到したかは取材が出来ていない(涙)。

ビーテックのトピックスも掲載して頂いていた。

IMG_84962018年取得した「TUV(テュフ)認証取得」と写真にある「日刊自動車新聞主催」の栄えある「第一回整備事業者アワード受賞」なども。

そして、現在のビジネスレンタリースの本社の各課~10か所の営業所の紹介。その中には「ビジレンビーテック」の東大阪工場・門真工場(2か所のBP専業工場)と八尾(民間車検工場)も紹介して頂いた。

IMG_8498東大阪BP集中センター!

IMG_8499門真BP工場!

IMG_8497八尾整備工場(陸運局指定:民間車検工場)

大阪府レンタカー協会の活動等も掲載(事業の発展は業界の発展から)。

トヨタクラウンに見る「自動車容姿の変遷(へんせん:移り変わるさま)」

「日本のレンタカー」の移り変わり・・・。

「ビジレングループ:『ハツラツの原動力』(各行事の紹介)」

「ビジレンのレンタカーラインナップ」

IMG_8500  以上「70頁」。

<編集後記>:今回のビジレン40年史・・・、自分が勤めている会社の歴史を知ることは非常に大切なこと。企業が大きくなればなるほどにその社会的責任は大きくなります。簡単に40年を語ることは出来ないと思います。先人達がどのような苦労をしてきたのか?「産みの苦しみより育ての苦しみ」これから100年企業を託される方々も大変なご努力が必要になるかと考えてしまうのも「親心」。ビジレンビーテックはまだ「10年」これから年月を重ねていき「50周年史」を作れる企業継続をしたいと強く決意をしました!。(文責:辰巳寛一)